2013年1月27日日曜日

お、お久しぶりで...(^_^;)

な、なんという、手を抜いたズルイ投稿タイトル!
じ、実に、申し訳ありません・・・m(_ _)m

百人一首シリーズ、元日にスタートしたもののなんとこの投稿が
「5投稿」目となり,月間投稿数最少記録を塗り替えそうです(>_<)!!

実に「寒中お見舞い申し
上げます!」前投稿から
2週間あまり...
ついにネタが尽き果てた
か・・・とお感じになられた
方々!大正解です!
しばらく読書熱を上げて
おりました.と,申します
のもこの「百人一首シリ
ーズ」開始とほぼときを
同じくして,左の文庫を
購入しました.
関裕二氏の著書につい
ては「歴史の舞台裏に
立つ!!」の頁でご紹介を
いたしましたが,この文
庫は歴史の舞台が鎌倉
時代,と関氏のテリトリーからは実に珍しい時代を取り上げたものでし
たので,つい・・・

いやいや,僕など百人一首など毛頭記憶している訳でもなく,
専ら「坊主めくり」で遊んだ記憶くらいしかありません.が,しかし,
冒頭が「天智天皇」「持統天皇」,終わりが「後鳥羽院」「順徳院」
となれば,「やはり関氏のテリトリーなのかなぁ」,と思いきや,
やっぱり「そう」だったのでした!

この文庫の「おわりに」の最初の8行を以下に転載します.

 もし藤原定家が今の時代に生まれてきたら、愕然とするだろう。
まさか、百人一首がカルタになって、カルタ遊びが正月の風物詩
にまでなろうとは、夢にも思ってなかったはずだ。
 ここまで述べてきたように、百人一首は、「先人の残した名歌を
後世に伝えたい」と思って出来あがったわけではない。祟りに怯
えた藤原定家が歌を駆使して、鎮魂を目論んだのだ。駄歌が多
いのはそのためだろう。それにもかかわらず、多くの人たちが、
「おそらく、百首の名歌が集められているに違いない」と勘違いし、
暗記してきたのである。
 プライドの高い藤原定家は、さぞかし憤慨していることだろう。
「私がこんな歌を名歌として撰ぶわけがない!!」

うーん,僕もつい先日名神高速道路を大阪に向け運転していて
感じたことがあります.
大津の「蟬丸トンネル」.生まれてこのかた,何気なく通過してい
ましたが,坊主めくりの「嫌われ者」の蟬丸さんも,まさかいま
現在,坊主めくりで自分が嫌われていて,さらに大幹線高速道路
の「トンネル」の名称に自らの名が使われている,
とは,夢にも思っていないでしょうね・・・

僕の名も,遠い将来,思わぬカタチで残っている・・・

ハズないか・・・(^o^;)

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