2014年1月13日月曜日

あゝ碓氷峠 (ウスイトウゲ)

新潮社日本鉄道旅行地図帳「乗りつぶしノート・第2列車」
平成24年7月20日発行 55p.より抜粋
昭和59年の
映画タイトル
をパロッた,
また「あゝ」で
始まる投稿タ
イトル,申し訳
ありません.
どうも百人一首
の句の頭文字
は「あ」が多い
みたいでして.
内容はともかく
「投稿タイトル」
に難渋するシリー
ズです...(^^;)!!

さて,今日の舞
台は群馬県・長
野県の県境を越
える「碓氷峠」.関西の方々にはいくぶん馴染みの薄い「峠」かも
しれませんね.
上図の中央部,長野県側に「軽井沢」群馬県側が「横川」の駅間
が,薄いグレーの太線で離合しながら結ばれています.
薄いグレー=廃線区間を表示しています.16年前の冬季五輪が
長野(NAGANO)で開催される直前に開業した北陸(長野)新幹線と引き換えに廃線となった旧・信越本線(在来線)
の区間です.これまでの投稿で何度か触れてきましたが,この廃線
ひと駅区間は,鉄道ファンのあいだでは「国鉄在来線最急勾配」で
知らぬ人間はいない,という有名な線路でした.

動画サイト「YouTube」で昨夜未明に偶然たどり着いた4本立ての投稿
が,碓氷峠「横軽(ヨコカル)」について詳細に説明していますので,そちら
を参照していただくとして,私はこの投稿で過去の「横軽」乗車体験記
について,記すことにいたします.
[その1]1985年・小学校卒業旅行
また出てきましたね!「直江津」.
昭和60年4月,私は昨年12月に
忘年会をした叔父とはまた別の
に連れられて,生まれて初めて
「青春18きっぷ」を経験しました.
向かうは「直江津」.やはり無意識
のうちに北陸本線を目指したので
しょうか?朝イチ大阪駅から快速・
普通電車(もう列車ではなかったです!!
を乗り継いで17時台に直江津に
到着.当日中に東京(上野)に到着
するために,特急「白山に乗せて
もらったのです.残念ながら日没
時刻で,車窓は楽しめず.でも,
乗車後左の乗車券・特急券と車内販売の駅弁を買い求めました.
直江津で進行方向を逆転した特急白山,次の停車駅「妙高高原」
駅で車内販売のおばさんが降車予定でしたが,私と叔父が駅弁を
買い求めたせいで降りそびれ,そのまま長野まで乗り越したことが印
象に強く,せっかく横軽区間の「初乗り」でしたが全く記憶に残ってい
ません.急勾配補機EF63電気機関車を連結しないいちばん後ろの
自由席に座っていたせいもあると思いますが...(^_^;;)))

6年後高校卒業の旅程でも,この「横軽」を組み入れてたんですね!
そのときの写真は撮って残しております.
上田から軽井沢まで特急で移
動.軽井沢から上野行き先頭
に2両連結(重連)の電気機関
車をつなぎ,この機関車が急坂
を下るときのブレーキ役を務め
ます.私は,この特急を降りて
次の普通電車に乗り換えました.
4枚目の写真で見にくいかもし
れませんが,3両連結の普通
電車の先頭に重連の電気機関
車が見えますか?
この「横軽」は66.7‰(自動車
道でいう6.67%)の急勾配で,
坂を上る下り列車(長野・直江
津方面)には最後尾に連結された
重連補機が「後押し役」.坂を下る上り列車(高崎・上野方面)の先頭
部に連結された重連補機が「ブレーキ役」を担います.



余談ですが,私が経験した「横軽」は,図らずも
坂を下る上り列車が5回.坂を上る下り列車
わずか1回だったのです.
自動車の運転でも同じですが,上り坂より下り坂
の運転の方が神経を使います.ブレーキに不具
合が生じると,暴走の危険が伴うからです.
標高939mの軽井沢~標高387mの横川駅.
その標高差552mを11.16kmの所要時間は
だいたい20分強くらいだった,と記憶しています.
特急電車から普通電車まで,どの列車も例外
なく上野側に重連補機を連結し,その補機の強
いパワーを併せて急勾配を上り下りするのです.
鉄道ファンとしては,どれほど時間がかかろうと
「楽しい」区間ではあるのですが,国鉄から線路
を引き継いだJR東日本が,時間も経費もかかる
「横軽」区間を北陸(長野)新幹線の開業と同時に「廃線」としたのは,
やむを得ないとはいえ,非常に残念な出来事でありました(>_<)!!!

さて,「横軽」や「横川駅」という
呼び名をご存じなくても,「峠の
釜めし」という駅弁の名前は,
耳にしたことがある,いう方は
多いのではないでしょうか?
その横川駅名物駅弁「峠の釜
めし」の売り子さんたちが,重
連機関車の連結・切り離しの
作業(停車)時間に弁当を売り,
その列車が出発するとき,列車
に向かってお辞儀をする,その
光景を撮影したのが5枚目の写
真です.私が軽井沢~横川の
ひと駅だけ乗った普通電車にも
写真のとおり,売り子さんたちが
頭を下げていたのが,とても良い記憶として残っています.




その後時代が下り,90年代前半に
3度「横軽」区間を乗車しました.
急行「妙高・普通・特急「あさま
当時の「横軽」通過列車3種類を乗っ
ていたんですね!いま振り返るとそ
れぞれ貴重な体験だったと思います.

そして21世紀に入り,思わぬカタチ
で北陸(長野)新幹線で碓氷峠を下る機会がやってきました.
信州からの帰路,乗車予定の長野から篠ノ井・中央本線経由で名古
屋に出る特急「しなのが大雨の影響で運休!という事態に遭遇!
長野駅みどりの窓口には長蛇の列!その中,「長野→松本→名古屋
→大阪」の乗車券のまま,東京経由で「長野→北陸(長野)新幹線→
東京→東海道新幹線→大阪」と乗車可.但し,長野→名古屋→大阪
の特急料金と,長野→東京→新大阪の新幹線特急料金との差額は
新たに追加料金分負担増,となりましたが.
みどりの窓口係員は恐縮していましたが,私は喜んで追加料金分を
窓口で支払い,東京行き長野新幹線「あさま」に乗り込みました!
その際,車内販売で真っ先に買い求めたのが,上の写真横川駅弁
峠の釜めし」なのでした.器の釜は陶器製で,実際にご飯を炊くこと
もできますよ!

ということで,ふとしたキッカケ,YouTubeで碓氷峠の動画に出会い,
私自身の「碓氷峠」の乗車経験,計6回を思い出し,その体験記を
簡単に記しました.

長野冬期五輪は早いもので16年前.
もうすぐソチ冬期五輪の開幕ですね!




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