前頁でかなり感情的になりました.
しかし,僕の大切な「鉄道観」ですので,もう少し自論を展開します.
今日僕は,研修で発破!!をかけてもらうために,京都に出向きました.
往復とも,JR東海道本線(起点:東京~終点:神戸)を利用し,混雑
の激しい「新快速」は避け,「快速」に乗車しました.
和歌山以来の「乗車ルポ」でもよかったのですが・・・
さて,タイトルの「線路は続く・・・」のあとに続くセンテンスは,皆さん
何を頭に思い浮かべられますでしょうか?
恐らく・・・「~よー,どーこまでもー♪」という唱歌を口ずさんだんじゃ
ないでしょうか?
僕は電車に乗ると,つい車窓の線路を見つめるクセがあります.
JR(旧国鉄)大阪環状線も,時代が平成に入る前後に,阪和線や
梅田貨物線と線路が直結されました.関西空港を発車した特急
「はるか」が,西九条を通過して京都まで直通運転しています.
僕が,きょう京都に到着したのが11:20.ちょっとだけ早かったので,
「0」番ホームの空調の程よくきいた待合室で,30分ほど行き交う電車
を眺めていました.京都駅でなかなかいい「スポット」を発見しました!
さてどうでしょう?
「0」番ホームの乗車案内は先発特急サンダーバード富山行き,次発
特急トワイライトエクスプレス札幌行き,その出発前に白浜発の特急
くろしおが90分近く遅れて到着,影響で倉吉・鳥取発の特急スーパー
はくとが4分ほど遅れて到着しました.
同じホームに,白浜・鳥取・富山・札幌・・・さらに中線を電気機関車
「桃太郎」が牽く長距離貨物列車が2本通過していきました.
「桃太郎」が牽く貨物列車は,安治川口駅を出発し,西九条も通過する
シーンも実際目にすることができます.
つまり,線路は「繋がって」いるのです!どこまでも!
僕の最寄駅「西九条」からでも,京都へ,富山へ,札幌へ・・・さらに
線路は最北端稚内駅,最東端(東)根室駅まで.
四国も九州へも,線路は「繋がって」います.昨年9月に訪ねた,
高知県の西の果て「宿毛」までも.未だ足を踏み込んでいない最西端
「長崎」までも,最南端,鹿児島までも・・・海の目前まで線路は張り巡
らされています.
線路は「繋がっている」からこそその意味があるのです.
昨年の東日本大震災で,東北3県へのメインルートが寸断された際,
日本海縦貫線(日本海沿いに大阪~青森を結ぶ各線の総称)経由で
被災地へ石油タンク車の貨物列車が運行されたニュースを,ご覧に
なった方も,ご記憶の方も多いことと存じます.
昨年の巨大津波で線路を流され,不通になった区間が,一部線路を
ひき剥がし,バス専用道となった,事実を前頁でご紹介しました.
昭和59年に「三陸鉄道」が開通し,宮城~岩手~青森の太平洋沿い
の町と町を結ぶルートが完成.しかしこの度の「BRT」という,線路を
もう一度,「繋ぐ」復旧方法は採用されませんでした.
その不通区間の途中にお住まいだった方々は,北海道から,四国・
九州まで「繋がって」いた線路を奪われたのです.
奪われた地元の方々の心境やいかに?
皆さん,ご自分の地元の「電車」が走る線路が災害で被災し,そのまま
線路を引き剥がされて,そして「電車」が走らなくなった,という状況を
想像してみて下さい.
JRなら,全国と繋がっていた線路から,隔離(見放)されるのですよ!
想像してみて,どんな「感じ」をお持ちになりましたか?
同じ,日本の国の中での出来事です.
決して,遠い土地の「他人事」では,ありません.
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